
プロローグ
窓からやさしく差し込む朝日で目覚めたら、外は素晴らしい景色。どこまでも続く宍道湖の水面が、朝の光でキラキラ輝いている。宿の露天風呂でのんびり湯につかったあと、朝ごはんは、この地でとれたしじみのみそ汁とご飯。出汁がびっくりするくらい美味しくて、一口一口ゆっくりと味わう。滋養が体中の細胞にしみ渡る。
散歩に出たら、そこはまさに神話の世界。物語の舞台となった山、森、空、雄大な自然が広がっている。この景色は、はるかはるか昔から続いている。広大な湖には小さなしじみ漁船。早朝3時間だけ漁をする。春は7時くらいに始めたら10時まで、夏は6時から9時ごろまで、その日の仕事はそれでおしまい。水、土、日は休漁日。今日必要な分だけとるから、次の日も、またその次の日もとれる。
お昼ごはんの鯛飯は、長年この地で作り続けてきた伝統の味。島根は海に面していて、山に囲まれているから、海の幸も山の幸も豊富だ。とれたての食材にはきっと、エネルギーが満ちあふれているんだろう。とびきり美味しいのはもちろん、一口食べるごとに、ふんわり元気が出る。体も心も満たされて、最高に幸せな気分になる。
午後は神社でお参りしたあと、カフェで抹茶と和菓子をいただく。絵画のように美しい日本庭園を眺めながら、のんびりおしゃべりしていたら、あっという間に日が傾いて、ここからが一日のハイライト。大自然を舞台に、壮大なスケールのショーが始まる。刻一刻と変化する宍道湖のサンセットを眺めていたら自然に涙が出てきた。
今日一日、いい日だったなあ。
感謝。
この地では、自然のリズムとともに人間の暮らしがある。宍道湖のほとりに建つ美術館は、閉館が日没の30分後。季節によって変化する日没に合わせて閉館の時刻も変わる(※)。都会だったらあり得ない。でも、よく考えてみたらこっちの方が自然な形なのだ。だって、人間も自然の一部なのだから。
旅を終えて感じたことがある。
本当の豊かさって何?
本当の幸せって何?
島根に来てわかった答えは、
「豊かさも幸せも、今目の前にある」ってこと。
探し続けていた扉が、こんな手に届く場所にあったなんて。
山、海、川、この地でとれる新鮮な食材、自然の恵みを五感でたっぷり味わって一体となったとき、確かに心満たされる感覚があった。
ここに来れば大事なことがわかる。
幸せになる方法は、超シンプルだ。
何かをつけ足すのではない。
今目の前にあるもの、こと、人と丁寧にゆっくり向き合うこと。
本当に心満たされる暮らしが、そこにある。

※島根県立美術館は、「日本の夕日百選」にも選定されている絶景スポット。3~9月まで閉館時間を日没の30分後に設定している。館内や庭園から眺めることができる宍道湖の夕日を「アート」として鑑賞してほしいというコンセプト。
「やおよろずの神ツアー」旅日記

古くから数多くの神話が残る出雲の地。地元に住む知人に誘われ、2泊3日の旅、題して「やおよろずの神ツアー」に出かけました。神社でお参りして、海の幸を堪能して、温泉でのんびりしよう~♪ とルンルン観光気分で出かけたのですが、まさかこの旅で価値観が大きく変わることになろうとは思いもしませんでした。
出雲神社
心地よい気を全身に浴びる

出雲と言えば、縁結びで有名な出雲大社。というわけで、旅のスタートは、まずこの場所から始まりました。そびえ立つ鳥居をくぐり、広大な参道の先に現れたのは、見たこともないくらい巨大なしめ縄と厳かな雰囲気をまとった神殿。さすが世界中から観光客が集まるだけあって、スケールの大きさは圧巻です。心地よい気を全身に浴びて、心身に積もった垢を洗い流したような清々しい気分で、神社を後にしました。
立岩神社
神さまが宿ると言われる岩

出雲大社の迫力を越える場所は、もう他にはないだろうと思っていたら、この後の旅で、もっと強く深く心揺さぶられる風景に出会うことになります。それも観光地ではない意外なところで。
そのひとつが、「立石(たていわ)神社」です。それまで名前を聞いたことがなく、もともと旅のプランには組み込まれていませんでした。それがなぜ行くことになったかというと、出雲大社を参拝した後、昼食をいただきながら、ふと知人が話していたことを思い出したのです。
出雲の山奥にちょっと不思議な神社がある。一般的な神社と違って鳥居も社殿もなく、でっかい岩だけが並んでいる。大昔から神が宿る岩として地元の人が祈りを捧げてきた。岩の周辺の木はなぜか大きくねじれていて、何か大きなエネルギーを感じる人も多いのだそう。
頭の片隅にひっかかっていたその話を思い出したら、どうしても行ってみたくなったのです。午後は他の観光地を巡る予定が詰まっていましたが、急遽変更して、その神社に向かうことにしました。
到着すると、そこはうっそうと茂った森。木々に囲まれた小道を歩いていくと、静寂に包まれた森の奥に、突如として高さ10m以上ある巨大な岩が現れました。岩と岩のすきまから太陽の光がさして、思わず息をのむような圧倒的な存在感。どのくらい時間がたったでしょうか。ただただ岩の前に立ち尽くしていました。昔の人も、こうしてこの場所で手を合わせたのだろうなあ。時空を越え、壮大なスケールの自然と一体化するひととき。心が澄み渡り、自分の中に大きな空間がどこまでも無限に広がるような感覚を、確かに感じました。ああここに来てよかった。この岩に出会えただけで、島根までやって来たかいがあった。そう思いました。
先祖代々、この地に住む知人は、こんなことを話していました。島根の人にとって、神様は神社だけではなく、岩や木といった身近な自然にも、食べ物にも、家にも、物にも、毎日の暮らしの中にいらっしゃる。それは、生活習慣や祭りにも現れていて、よく手を合わせる。そう、ここ島根は、万物に神様が宿るという日本古来の「やおよろずの神」が、現代に受け継がれ、暮らしに息づいている地なのです。
島根の暮らしを味わう
自然とともに生きる

やおよろずの神ツアーは立石神社への参拝をきっかけに、あとはもう心がおもむくまま、気の向くまま。行きたいと感じた場所を見て回りました。それはいわゆる「観光地」ではなく、人が暮らしている場所。古い町並みが残る商店街や地域の人たちに親しまれている小さな神社、酒蔵や陶芸工房、その昔は貿易港として栄えた海沿いの静かな漁村、とりすぎないよう早朝の数時間だけ行われる宍道湖のしじみ漁、地元のおじいちゃん、おばあちゃんが作った美しい竹灯籠やつるし雛──。自然とともに生き、そこにあるもので暮らしを手づくる。都会暮らしの私にとって、目に映るひとつひとつすべてが新鮮に感じられました。
足立美術館
窓からの景色が最高のアート

最終日に選んだのは、ここだけは写真ではなく実物を見ておきたいと夢見ていた足立美術館。館内の日本庭園は世界的に高い評価を受け、米国の専門誌で20年以上連続1位に選ばれています。評判に違わず、まるで絵画のような庭園はずっとその場にいたくなるほどの美しさでした。
さらにもっと驚いたのは、世界が注目する日本庭園の原点には、古くから根付く庶民の文化があるということ。地元では普通の民家に縁側があって、その前に日本庭園を作る習慣があるのだそう。縁側には近所の人たちが気軽に集い、庭園の緑を眺めながら抹茶を点てておしゃべりをする。都心ならわざわざ電車で出かけるようなカフェの一等席が自宅の軒先にあるなんて、なんと豊かな暮らしなのでしょう。
宍道湖のサンセット
宇宙を舞台にした壮大なショー

やおよろずの神ツアーの最後は、旅のフィナーレにふさわしい宍道湖の夕日。レーザービームのように雲間から湖面に向かってまっすぐ降りる光は、言葉では表現しきれないほど神々しい景色でした。刻一刻と変わる空の色は、まるで壮大なスケールのショーを見ているよう。はるか昔の人もきっと、同じ光景を見ていたのでしょう。この地から神話が生まれた理由が分かったような気がしました。
松江駅から寝台列車「サンライズ出雲」に乗り東京へ。列車に揺られながら旅のことを振り返っていました。玉造温泉の湯もしじみ汁も鯛茶漬けも島根牛も最高だった。でもそれ以上に心惹かれ心動かされたのは何か。それは自然とつながり、毎日の暮らしを丁寧に生きること。島根の人の暮らしに触れて、本当の豊かさとは何かを教えられました。
旅から帰って
毎日の暮らしに宿るやおよろずの神

自宅に帰り、次の日からいつも通りの日常が戻ってきました。環境は同じだけど、ひとつだけ変わったことがあります。それは、空を見上げるようになったこと。都会のマンションでも、窓を開ければ朝日や夕日、星空を見ることができます。近所の商店街に買い物に行ったら、通り道にある神社に寄るのが習慣になりました。町中の神社ですが、ここだけ木が生い茂っていて、ちょっとした森林浴になります。ふだんから自然とつながることを意識していると、心の奥底が満ち足りていくのを感じます。
心にゆとりが生まれると、目の前のことにゆっくりと丁寧に向き合うようになります。そうすると、同じことでもなんだか新鮮に見えるんですよね。スーパーで買った野菜ひとつとっても、一生懸命育てた人がいて、運んでくれた人がいて、お店の棚に並べてくれた人がいて‥‥‥と思うと、自然に感謝の気持ちがわいてきます。目の前のことはすべて、当たり前のことはひとつもないわけです。「今気持ちいい風がふいたなあ」って日常の小さなことにも幸せを感じるようになりました。
さらにもうひとつ、「やおよろずの神」の絵本と紙芝居を出版することになりました。作品が生まれてから7年たったこのタイミングで、突然話が進み始めたのです。とくに積極的に動いたわけではないのに、必要な情報をふと耳にしたり、サポートしてくれる人が現れたりして、すべてがトントン拍子。「やおよろずの神ツアー」から、わずか3か月後のことでした。
先週、我が家のベランダに小さなハーブガーデンを作りました。その前にベンチを置いて、島根のような縁側カフェの出来上がり。午後のポカポカ陽気とハーブの香りに包まれて、美味しい珈琲を飲むひとときは格別です。
あの日、島根で出会った豊かさは、特別な場所にあるものではありません。
今ここにある自然に目を向けること。
目の前の人や物を大切にすること。
その積み重ねの中に「やおよろずの神」は今も静かに息づいているのかもしれません。
神話の中だけではなく、私たちの毎日の暮らしの中にも。

〈出版ロスゼロ〉のまさ出版が届ける
食品ロスをテーマにした絵本と紙芝居『やおよろずの神』2026年5月出版!
絵本の販売はこちら⇒アマゾン https://amzn.asia/d/0btk2rm2
紙芝居の販売はこちら⇒まさ出版オンラインショップ https://masasyuppan.base.shop/
学校やSDGsイベントでの食育教材、読み聞かせに採用されています!
- Amazonベストセラー1位を獲得!2026年6月1日(カテゴリー紙芝居)


- NHKニュースで『やおよろずの神』紙芝居が放送! 2026年5月19日

出版ロスゼロPROJECT「986」
今回の出版を機にスタートしたのが、〈出版ロスゼロ〉に挑戦するプロジェクト「986」。必要な分だけ印刷して、廃棄をゼロにする試みです。絵本や紙芝居は注文を受けてから1冊ずつ作成し、発送します。
「986」は、中国の数秘術に由来し、「9=永遠 8=豊かさ 6=幸せ」。3つの数字を重ねることで、多様な人、物が見事に調和するという意味もこめられています。永遠に豊かで幸せな世界が続きますように。
まさ出版
「ワクワクすることだけやる」をモットーに、2017年1月設立。食品ロスやプラスチックゴミ、発達凸凹さんの育児など社会課題をテーマにした絵本を制作。2026年、出版ロスゼロPROJECT「986」がスタート。〈今いる場所を、人間も動物も自然も、みんなが笑って暮らせる楽園にする〉をミッションに活動する。
まさ出版公式ホームページ https://masasyuppan.jimdofree.com/
『やおよろずの神』
「一粒の米にも七人の神様がいる」という言葉があるように、すべてのものに神さまが宿ると考え、食べものを粗末にしない文化がありました。この絵本『やおよろずのかみさま』 は、そんな日本古来の価値観と、現代の食品ロスという問題をつなぎ、次の世代へ伝えていきたいという思いから生まれた物語です。
作/あず
石川県出身のアーティスト。3人の子どもを育てながら絵を描き、「絵本作家になる」という子どものころからの夢を叶える。好きなことは、銭湯とカラオケと絵本収集。毎年夏は長期休暇をとって、生まれ育った自然豊かな輪島の海で過ごす。
編集/雅子
テレビ局や出版社での勤務を経て、2004年よりフリーライター。3人の子どもを育てながら、雑誌や新聞、広告で執筆する。2017年まさ出版を設立。「今いるこの場所を楽園にする」をテーマに、暮らしを手作りし、文を書く。現在は近所の中学校で教師として働く。1日3時間週休3日の「しじみ漁ワークスタイル」を実践。